『私、いよいよ後期高齢者仲間入りです。』

日本の国をかけての第2次世界戦争、その敗戦色濃い75年前の夏の始まりのころ、体重が少なく予定日より早くに、やや未熟児で、ホヤホヤ赤ちゃんで生まれた私も、この7月、誕生日で75歳、後期高齢者仲間入りです。
人生100年と思えば、ジャスト4分の3は生きてきたのです、後の残り25年の間に必ず私のもとに死は訪れます。
ここまでようよう、よくきたもんだわーと私は今年の誕生日の朝、感動とうれしさで感謝の祈りをささげながらも涙がながれおちそうでした。
ここまでたどり着く間にもちろん喜びもありましたがつらい日々もありました、3回大きな山を乗り越えた実感はあります、その都度心を引き締めての戦いでした、もしかしてもうダメかもしれないと覚悟を決めたことも1回でしたがありました。
その戦いを終えて、ここからは人生のハンドルは再度軌道修正、どう自分の人生に自分らしくピリオドを打って別れを告げることを考えなければなりません。
目標はきちんと自分の幕引きを最後の一瞬まで事故をわすれずにピリオドを打って、死を迎え入れたわが夫、郡司幸治さんです。
私もあのようなピリオドを打つ最後を迎えたい、それが最終的な願いです。
しかしまだまだ若葉マーク、後期高齢者です、心づもりはそうとして、でも私らしい日々を重ねて健やかな日々を過ごして行きたいものだと、そのピリオドをしっかり打つためにもとも。
今年の誕生日、私は新たなる決意を心にしっかり太い文字で書き加えました。

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