南フランス・フロバンスへの旅 NO.5 第2日目(8月7日)

私たちを乗せたエールフランス機は、予定飛行時間より30分ほど早い、about11時間30分ほどの所要時間で、シャルル・ど・ごーる空港に舞い降りました。

早朝、まだ4時少し前の時刻、広い空港内は日本から今飛んで来た私たちだけです、なんだか物足りないほど人影もまばらで閑散としています。
空港の建物の中に人がいないってことが、こんなに寂しい雰囲気になってしまうものかしらと思うほど、そこには華やかさも、光り輝く洪水のような賑やかさもありません。

早速フランスらしいこじゃれたパウダールームのドアを見つけました。
周りに乗客らしい人がいないことをそれとなく確認してから、パウダールームの横壁と建物の仕切壁との間でフローラのワンツータイムをさせることになりました。
腰にベルトを装着して、「ワンツー」とも言わないうちに、リードで2歩ほどあるいたところで、「まっていましたー!」とばかりにワンツーのポーズです。
そして腰からぶら下げたビニール袋の中にたっぷりなワンをしました。
腰のベルトのビニール袋を付け直してやると、次にたっぷりのツーも出しました。
「グッド、グッド、えらかったねー、よくがんばったねー!」と頭を撫でていっぱいほめてやりました。
「そんなことよりおかあさん、ごはんはどこどこ、どこなの?! わたしのごはんだよー?!」
そう訴えているのでしょう、フローラは私の指先に冷たい鼻の先をおしつけてきます。
そして私はオペレッタの芝居のように声を張り上げて、楽しくリズムをつけて、歌うように言います。
「そうだよ、そうだよねー、フーちゃんのごはんだ! ごはんだよねー!」
それからリックから300グラムドッグフードが入っているビニール袋と旅行用食器を引っ張り出します。
この300グラムのドッグフードはフローラの本来1日分の量で、日常的には朝250グラム、夜50グラムと2回に分けて食べさせるのですが、今回は一気に一日分の食事量です。
今日は夕方プロバンス宿泊するアパートメントハウスに落ち着いたら、またその上に夕食用の50グラムのドッグフードを食べさせるのです。
ドッグフードを食器に出して、そこにペットボトルの水を注いでの私の手の動きを片時も目を離すものかの勢いでフローラは、そのまんまるふたつの目で穴が空くほど見つめています。
それはあたかもそこから目を離した瞬間、煙のようにドッグフード入りの食器が消えてしまうのではと思っているかのようです。
「さあ、どうぞ、OKですよ」と掛けた声が終わるか、終わらないうちに、彼女はそこに顔をつっこんでいっきに「ガブガブ」と食べ始めました。
本来「さあどうぞ、OK!」と言葉をかけられた後、一瞬間をおいて食べ始める、これが『盲導犬としての基本的服従訓練』のひとつなのですが・・・・・。
いつもだったらこういう場面では「NO!」と、すぐに叱って、食べることをやめさせなければならないところなのですが・・・・・。
しかし今のフローラは日本一、いやいや世界一かもしれないほど『惨めな腹ぺこ盲導犬』のはずです、だから私は、「NO!」と叱って、一言のもとにその食べる行為を中断させる気持ちにはとうていなりませんでした。
そしてあっと言う間もなく食器は空っぽになって、フローラは口の周りをペロペロとなめ始めました、それから腹を満たされた満足感を楽しんでいるのでしょうか、口をモグモグさせています。
そんなことをしていたかと思うと、「ぐはー!」と音をたてて、げっぷを出しました、とても大きな音のげっぷです。
「あらー、おいしかったよーが出てよかったねー!」
私は頭を撫でてやりながら「えらかったよー、よーくがんばったねー、フーちゃんこそが日本の盲導犬、グッドグッドフーちゃんだねー」と彼女が満足するほどにほめ言葉を並べました。
するとフローラはいつものように、「そうでしょ、わたしってやっぱりおりこうさんなんだよねー!」と言うかのようにしっぽを高々と挙げて、それを勢いよくグルグル回しながら振って応えてくれるのです。
わが家ではこの朝食後のフローラが出す大きなげっぷを、「おいしかったよー!」のサインとしているのです。
それにしてもフローラの毎度のげっぷの音は見事に大きいのです、とても3歳のレディーが発するものとも思えないほどです。
 次は最初の関門、フローラの入国審査手続きです、しかしそれがまたあっと言う間もなく終わってしまったのです。
「あれー、もっとよく書類を見なくていいのですか?!」とたずねたり、「もっとよく書類を見た方がいいんではないですか?!」とお勧めしたいほどに、本当に物足りないほどにあっさりと、実にあっさりと終わってしまったのです。 
あんなに苦労してドクター・ヒライに書いてもらったのになーと、私は手渡された書類のファイルをリックに入れて、やや後ろ髪の引かれる思いでその入国審査室を出ました。
一緒についてきてくれた現役中学校英語教師、ミセスKが小声で、「意外に早くおわっちゃったねー」と、彼女もやや気が抜けたみたいにささやきました。
そして人間の入国審査もごく簡単に終わってしまって、私たち一行は入国ロビーに出ました。
さあこれでいよいよ私とフローラは、フランスという国に入ったということになります。
人間のトイレタイムが必要だったり、洗面をしたりで、少し時間を費やしましたが、それも終わってしまって、「さあ、どうしましょうか?!」ということになりました。
予定では次の国内機に乗り込む時間までの間を有効活用して、セーヌ川を歩いたり、カフェでコーヒーを飲んだり、ノートルダム大聖堂を眺めたりしましょうということでしたが、ここで旅の部長、ミセスKからこの短いパリ滞在の行動予定お知らせが告げられました。
「まだ戸外はかなり暗いのよ、治安を考えるとここで少し時間をつぶして、夜明けを
待ちましょう、最近のフランスはテロ事件なども勃発していますから」
「そうだわねー、フーちゃんのワンツーもごはんタイムも終わったことだから、少しゆっくりしましょうよ」
私たちはうなづき合いながら、言葉を交し合います。
ミセスKが「ここにボンヤリしていてもなんだから、パリ郊外へ向かうデンシャの改札の近くまでは移動しましょう」と言って、周りをキョロキョロ見回しますが・・・・。
しかしとにかく広い空港内、なかなかその空港内案内板が見つかりません。
ミセスKが英語でたずねたインフォメーションの二人の若者はまったく頼りにならないほどのあやふやさでした。
きっと眠気のあまりに、その頭がボーッと状態で、回転不能だったのでしょうか。
だからミセスKの英語でのおたずね言葉も・・・・、結果的に何をたずねられているのかがさっぱり理解できなかったのでしょう。
少し離れた案内所の初老の男性、こちらはとてもジェントルマン、とても親切に、わかりやすい言葉を使って、そしてわかりやすくシャルル・ド・ゴール空港駅までの地図を教えてくれました。
そして彼はなおも親切にアドバイスをしてくれるのです。
「6時ころになると外も少し明るくなってくるからね。
それまではデンシャの待合ロビーで寛いでいたらどうですか。
でも次に乗り継ぐ国内機は搭乗チェックに時間がかかることがあるからね、必ず余裕を持ってここにもどって来てくださいね」
ミセスKも、うっちゃんも、ティーチャー エミコも、そして私とフローラも、まるで少女のように素直に「はい」とうなづき返したのです。
フランスの男性の言葉は、アメリカ男性のように決して押しつけがましくはないし、イタリア男性のように目先の計算高くもないし、そしてとてもやさしい雰囲気いっぱいだし、物腰はソフトだし・・・・。
これじゃあフランス映画はなーんて、なーんてすてきなんでしょと思ったはずだったわと、私は若かったころに憧れたスターたちの面影を思い出しながら「クスッ」と短く笑ってしまいました。
「なに笑っているの?」とうっちゃんがたずねてきます。
「きっとあなたと同じことを思ってよ!」と応えながら、私の笑いはみるみる顔いっぱいに広がっていきました。

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