ニューヨークの旅 No.17 第5日目・8月13日(土)

私たちのニューヨーク滞在も今日がラスト1日となりました、なんだかんだとそろそろトランクにあれやこれやを詰め込んで帰国準備もしなければなりません。しかしラスト1日でもまだ行こう、まだ行かねばと予定している場所があって、「なーんて日本のおばさんは欲張りなんでしょうか!」と思うんですが……、今日はそんなわけで、なかなか忙しい1日になりそうです。

このアパートメントハウスも夏のニューヨークは人気なのでしょう、次々といろいろな国からやってくるゲストで回転がすこぶる良いようです。スペインの若いカップルが帰国して行った後、掃除業者が入ってゴソゴソ作業をしているようでしたが、昨夕その部屋にスイスの夫婦とまだ10代かなーと思える娘さんのファミリーがやって来ました。今朝のキッチンは私たちとそのスイスファミリーとで入り乱れて賑やかでした。

「10代の女の子ってさ、どこの国もあんななんだわねー!」現役中学教師のマダムはそんな職業的感想をもらします。「へえ、例えばどんなところ?」「ママさんもパパさんもすごーく家庭的みたいで、良い雰囲気なんだけどさ、あの子は今や反抗期なのかなー?!そんな両親の気遣いにはまったく無反応、スマホのとりこになってしまっているわ!」「でもねー、やはり人間の成長に反抗期は大切よね、この私などはここまで来てもまだ反抗期みたいなものだわ!!!」にが苦く笑いながら言うと、「ななえさんは死ぬまで反抗期じゃあないの?!」とマダムはおかしくてたまらないというように「ふふー」と笑うのでした。

朝食を手早くすませて、私たちは寸暇を惜しむがごとくアパートメントハウスを飛び出しました。ここから歩いても行けると観光ガイドマップにある大型ショッピングモールに出かけるのです、それも開店とほぼ同時に入りましょうということで、私たちおばさんはかなりな張り切りようです。

『まったくうちんちのおかあさんはなー………』と、ウランだけがいやに冷静な面持ちです。

昨夜盛り上がったメキシコ料理のお店の前で信号を渡って、とにかく電車にも、バスにも、タクシーにも乗らずにテクテク真っ直ぐに歩いてゆくのです。この辺りは今日がゴミ収集の日なのでしょうか、すでに歩道にはたくさんのゴミ袋で小高い山です、ニューヨークにはそのゴミをあさるカラスなどはいないようです、だからそのゴミ山に網などまったく覆ってはいませんでした。すでにゴミ収集車が着ていて、作業が始まっているようです。

「ななえさん、すごーいよ!」マダムがびっくりした声で言います。「あの男の人は片方の手に大きなビニール袋を2つづつも持って、それで両手を回転しているようにポイーッと、ポイーッと、次々4個をほぼ同時にトラックに放り投げるんだよ、とても芸術的だけれど日本人にはとても体力的に無理だわー!」それからマダムは深いため息をついて、「あれじゃあ汗だって滝のように流れ落ちるってわけよねー!!!」と言うのです。

私は昨夜のメキシコ料理店の私の隣のテーブルに着いていたという肌の黒い男性、私の2倍はあるという巨大な肉体を持っているあの彼も、今朝はこんなふうにどこかで働いているんだろうなーと思いました。歩道の上には散歩に出てきた車いすに乗ったやや年配の人たちがゆっくり、ゆっくりとその車いすを動かしてこの真夏のニューヨークの朝の風景を楽しんでいます。

「モーニン!」「モーニン!」こんな会話が自然と口から出て、にこやかに通り過ぎて行く人たちと朝のあいさつです、黒い人と私たち日本人の黄色い人とが、ともにあいさつを交し合う、夏のニューヨーク、ハーレムの朝はそんな光景がとても似合う街角でした。そして普通のビルと思える建物の玄関に十字架が掲げられていて、そこが教会の建物だということがわかる、そんなビルをいくつも、いくつも、私たちは通り過ぎました。

「ねえ、もうかなり歩いたと思うけど……、それらしき場所はまだないの?」「ないわねー、でも地図にはあるようになっているんだから、きっとあるわよ!」マダムはしっかり応えて、そしてどんどんと前に進んでいくのです。

ほぼ川岸近くまで私たちは歩いて行って、やっと見つけました、本当にありました、大型ショッピングモールです。1階はすべて駐車場です、そしてどんどんその車が入ってきます、今日は土曜日です から、誰もが行動開始が早いようなのです。私たちもエスカレーターに乗って上のフロアに、そこには私も、マダムも大好きな女性用ファッショナブルな衣類が所狭しと並んでいます。

「これどうかしら?!」「うーん、こっちの方が似合うんじゃあないの?!」「えーとえーと、サイズはどうかしら?!」手と目と、頭、そして口を忙しく動かしてとにかく探しに探し回って、何点かの衣類を選びました。

「ななえさん、このワンピースはどうかしら、買わない?似合うと思うけど……」マダムが少し青みがかった小花模様のエレガントなワンピースを持ってきました。「いやー、私の生活にワンピースなどいらないわ、たとえ憧れのエレガントだってさ」と私は苦く笑いました。

そんなこんなで私はここで頼まれていた幹太のシャツを買いましたし、その他自分用のシャツやらサマーセーターやらを何点か買い込みました。マダムもこれはあの人の、これはあっちの人のと、彼女は3世帯同居ですので私以上に買い込みました。

さあそこから家庭用品売り場です、ここはまたとてもカラフルな私の大好きなタオル類がありました。あれもこれもとカゴの中に入れると、マダムが私のその手を抑えて言います。「ななえさん、タオルものはかさばるからさ、私たちは明日帰国する人なのよ、トランクに詰め込むことを忘れないでよ」と。しかし私にとってキッチンで使うタオルは必需品、それもきれいな色柄のものは……。

さあ買い物は終わりました、私たちは大きなサンタクロースみたいなビニール袋を抱えての帰り道ですが、さすがのマダムもこの大荷物をかかえて、あの道をまたテクテク歩きで戻っていくのはしんどいなーと思ったのでしょう、「タクシーに乗りましょうよ」と言いました。ウランはそのとたんに張り切ります、しっぽを振ってうれしそうです、何故ならば彼女は楽ちん大好き盲導犬です、だからもちろん歩くよりはるかにタクシーが楽ちんだってことを知っています。しかしタクシー乗り場に立っていても、なかなかそのお目当てのタクシーが来ないのです。

何台ものタクシーがお客を乗せてやってくるのですが……。車を移動させていたガードマンの若いお兄さんが先ほどからウランを見ながらにこやかに微笑していましたが、そんな私たちの様子を眼に止めるや、大急ぎで1台の車のところにかけ寄って行きました。その車はどこからかお客を乗せて、ここにやって来たのですが、そしてなにやら運転手さんと話をしています。その車はイエローキャブでもなくて、グリーンキャブでもなくて、いわゆる白タクでした。白タクとは正規のタクシー業者の車ではないということなのです。

しばらく話し合いを続けていましたが、やがてそのガードマンのお兄さんが、にこやかな笑顔で私たちを手招きをしてくれています。そして私たちはそのスペイン人らしき運転手さんの車に乗せてもらって、無事に大荷物とともにアパートメントハウスに到着できました。

「スペイン人の運転手さんとも英語で話はなんとか通じたし、あのお兄さんのおかげでタクシー代金もぼられることもなかったし、本当にニューヨークってすてきなところだわー!」とマダムが歌うように言います。「そうねー、ここまで嫌な気持ちを味わったことなかったもんねー!」と私もやはり歌うように言って、私たちはその大荷物を抱えてひとまず自分たちの部屋に戻りました。ここで仕切り直しをして再度本格的な今日のお出かけプログラムがはじまるのです。

スイスのファミリーさんたちもどこか観光にお出かけになったのでしょうか、人の気配はまったくありませんでした。

「さあウラン、またまたお出掛けよ!」「えー、またなのー」とウランは戸惑い気味ながらも、それでもやはりそこは私の盲導犬ウランです、しっぽを振りながらまた地下鉄乗り場に向かって歩きはじめました。

ページの先頭へ
前のページに戻る