東欧・プラハへの旅 NO.14 第4日目

 早朝3時ころ目覚めると雨が降っている気配がしています、開け放しになっている窓から濃く雨のにおいも漂ってきます。
「今日は雨降りだよ!」とまだ朝ごはんという気分ではないのかスースー寝息をたてているウランに話しかけてみますが、熟睡中の彼女は顔さえ挙げる気配も見せないし、隣のベッドのうっちゃんも身じろぎもしません。
 私はまだ誰もが寝静まっているマンションの中でまた息を潜めるように自分の気配を消してベッドに横になりました。
リンクポケットでしばらく朝読書を楽しんでいたはずだったのですが、いつの間にかまた深い眠りに落ち込んでいたらしく次に目覚めた時は、窓からの雨の音はあきらかに聞こえていましたし、階下から笑い声さえも聞こえてきました。
ウランはとベッドの下に敷いた彼女の敷物を手で探るとすでにもぬけの殻状態でした、敷物にはそのぬくもりさえも残ってはいませんでした。
あわてふためいて水はけの悪いバスルームで朝風呂に入って、洗面をすませてから階下に下りていきますと、テーブルを挟んでうっちゃんとテーチャー・くみことがモーニングコーヒーを飲みながら談笑しています。
リビングの床のマットの上でウランがすっかり寛いだ(くつろいだ)様子で、体をノビノビーと伸ばして横になっていましたが、私の気配にフッと顔をあげて「あのねお母さん、わたしもう朝ごはんも食べたし、朝のワンもツーもおわったんだよ」と言いた気に私を見つめています。
「ななえさん、コーヒー飲まない?、ミセスKが朝散歩をかねて音楽教師グループをトラムの停留所まで見送りに行っているので、彼女がもどったら朝ごはんにするからね」とうっちゃんが声をかけてきました。
「えー、この雨降りに音楽教師グループ三姉妹組はどこへまた行ったの?」と私はたずねます。
「あの人たちはね、雨が降ろうと、なんであってもスメタナさんのお墓参りに行かなければ気がすまないんだって、そのついでにドボルザークさんのところにも立ち寄ってくるって張り切っていたわよ」
テーチャー・くみこは昨日の遠出の疲れもみせずににこやかな笑みで応えてくれます。

 コーヒーを飲んでいるとミセスKが、少し厚手のパーカーの背中をこごめて寒そうにもどって来ました。
「いやはや、すっかり秋の雨降りの1日ですわ!」と鼻をグズグズさせています。
朝ごはんを食べ終わると、今日はこれからかなこちゃんと二人でゆっくりショッピングモールに出かける予定のテーチャー・えみこが「後片付けは私がするから任せておいて」と言ってくれる好意に甘えて、私たちは雨降りのお出かけ準備にかかります。
 トランクの下から数年前ディズニーランドで買った赤いミニーちゃんのかっぱを取り出して上からすっぽりかぶります、そしてウランにもレインコートの服を着せました。
そんなふうに私たちが雨降りに備えた身支度をすませてアパートメントハウスの玄関を出ていくと、にこやかな微笑みのヤナさんが雨降りの中をカサをさして待っていてくれました。

ヤナさんはチェコ女性、40代半ばくらいの年齢でしょうか、高等学校の数学の教師で、このチェコ旅行の陰のプロジューサーであるミセス・はるみの日本語の教え子さんでもあります。
私たちよりはるかに日本語を美しく発音する背丈のスラーッと高いすてきな彼女が「おはようございます」と私に手を差し伸べてきてくれました、「今日はよろしくお願いいたします」と私もその手を握って日本語でのあいさつです。
この日私たちはヤナさんにガイドをしてもらってウランのプラハでの動物病院での健康チェックと日本へ帰国するための書類にチェコの公印を押してもらうための役所に出向くのです。
トラムに乗ってしばらく進むと大きなビル、それも石造りの大きな建物が並んでいる官庁街のような所に出てきました。
トラムの停留所で降りたところに立って居る大きくて重厚な建物は病院でしょうか、どのビルもそこに歴史の重みを感じさせるものばかりです。
その中のひとつのビル、「ここですよ」とヤナさんが言う建物は古くてドッシリとした風格が漂って居て、あまり気軽に入って行く、そんな雰囲気でもなさそうなのです。
その1回に動物病院があって、ヤナさんがプラハで飼っている《秋田犬》はここのドクターに診てもらっているのだということでした。

病院の中にドアを開いて入っていくと、まだ時間が早いためだったでしょうか、患者さんらしい動物たちの姿はなくて、待合室には予約を取っている私たちだけでした。
建物は重厚、人を気軽に招きよせるような雰囲気ではないのですが、ドクターは実にマッチョなタイプで看護士さんは実直そうなチェコの働くおばさんタイプの人でした。
そしてウランを診察台の上に置いて、私が日本から持ってきた書類を広げて、マッチョなドクターとおばさんタイプの看護士さん、やさしそうな物腰のヤナさんとでおしゃべりが、それもなかなか舌鋒鋭いような語気鋭い言葉の応酬が繰り返されて、時々ミセスKもそこに英語で加わって、あの書類に不備があったのだろうかと、あるいはウランの健康状態になにかあるのだろうかと、気の小さな私がすごーく心配になるほどの時間が続いていましたが、やがてマッチョドクターが、私の持参したその書類になにかを書きこみはじめました。
後でミセスKが、この時の成り行きを解説してくれたところによると、日本から英語の書類だけではなくて、念のためにチェコ語で書いてもらった書類もつけて持ってきたのですが、その両者の書類を照らし合わせているという作業があの舌鋒鋭い会話だったようなのです。
 ドクターの健康チェック異常無の書き込みとサイン、そして治療日を書き込んでもらった書類をしっかりうっちゃんがカバンの中に入れて、私たちはまた雨降りの戸外にでました。
先ほどより雨足が激しくなってきたようで、やはりこの雨模様ではいつでも元気なうっちゃんでさえ気炎があがらないんだから、私やミセスK、そしてウランなどはまったく元気がでない状態です。
次に乗ったトラムが先ほどの重厚な石造りの建物の街ではなくて、それよりはやや庶民的な雰囲気、大きなアパートメントハウスのような建物が乱立している一角にさしかかって、私たちはまた雨降りの道路に建ちました。
今度はチェコの公印をこの書類に押してもらわなければならないのです。
入った役所はなんだか大学の研究室みたいな雰囲気で、係り員の人たちも実に気さくな感じなのです。

ヤナさんとミセスKとがウランの書類を持って事務所に入って行って、しばらくすると二人はニコニコ顔でそのドアから出てきました。
「終わったわよ!」と書類をヒラヒラさせています。
「えー、もう終わったの?!」って思わず問い直してみたいような気持ちになるほどでした。
そしてこの国でのウランの診察代金、書類作成代金はほんの日本円で2000円もかからない金額でした。
もちろんトラムは私は障碍者なので無料です。
これほど安かったのは昨年のニューヨークと同じくらいでした。
この動物検疫にかかる費用はそれぞれのお国柄を微妙に反映しているようで実におもしろいとおもいました。
時計はすでにお昼をやや回っています、「さあ、ランチでもいかがでしょうか?!」とうっちゃんが言って、ヤナさんお勧めのカフェに行くことになりました。
しばらく雨の中を歩いてひとつのお店の前でヤナさんが足をとめました、「ここですよ!」と。
その時、私の横に居たうっちゃんが「あらー!!!」と驚きの声を上げたのです。
そのカフェがまた実に奇遇なことに最初の日私たちが《プラハ城》に向かう時間違えてトラムに乗ってしまって、迷い込むように立ち寄った教会《聖ドミラ・カトリック教会》の向かい側のお店だったのです。
「このあたりではこのお店は雰囲気も、コーヒーも、そしてケーキもおいしいと言われているのです」とヤナさんは穏やかに言います。
ヤナさんも、うっちゃんも、ミセスKもがケーキとコーヒーをでしたが、私はサンドイッチとコーヒーにしました。
「ななえさんはどうしてまた?!ケーキきらいなの?!」とミセスKがたずねてきます。
「ううん、ケーキは好きだけれど、お昼はやはりランチメニューでケーキじゃあねー」と、やはりこのあたりが私の頑固者の頑なさだったでしょうか。

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