『しっぽのある娘たちと共に 6』

 予定日より2か月も早くに破水してしまい、大慌てで救急車で出産予定の病院に入院しました。
ベルナも大慌てで盲導犬訓練所に預かってもらうように手続きをして、お迎えの車に乗せられて、わが家から離れて行きました。
わが家にはそれから出産、退院までのほぼ1か月ほどの日々を、夫だけが、お父さんになる不安と心配と、落ち着かない気持ちとで残されました。
私は食事もベッドで横になって、とにかく絶対安静、トイレに行くだけが仕事のような生活になりました。
安静を保ちなんとか出産予定の1か月前まで胎内に赤ちゃんを温存しました。
しかし敬老の日、ラジオから流れてくる浪曲の唸り声を聞いていたら、とたんに腹痛が、それも強く、弱く、リズミカルに押しよせてくるのです。
、1か月早い早産で産まれたわが子はぎりぎり2500グラムの小さな男の子でしたが、それでも懸命に哺乳期の中で手を握りしめている姿に思わずだいじょうぶよと声をかけて、母乳を飲ませての病院の日々はまだよかったものの、退院してからの毎日はまるで戦場のようなあわただしさでした。
そして、新米ママの私は、あれもこれもを背中に背負っての重圧に押しつぶされそうになりながらの奮闘努力の人でした。
そんな様子をここからは入ってきてはいけないと言われた敷居を舞えツン乗りでダウンして、毎日ベルナは暇そうに様子を眺めていました。
そしていつもお母さんの旨の中に抱かれている赤ちゃんをとてもうらやましそうに眺めているのです。
そしてベルナの心は、いつしか不満と不安とでいっだいになっいました。
しかし、子育てに懸命な新米ママさんの私は、そんなベルナの寂しい気持ち、不安な気持ちに、少しも気がつきませんでした。
 わが家で赤ちゃんとの生活が始まって、保健所から地域の保健婦さんのMさんが訪問して来てくださり、入浴のお手伝い、爪切りなどをお世話してくださる事になりました。
その結果押しよせてくる余りある不安感を、保健婦のMさんは福島弁丸出しの話し方で私を笑わせ、気持ちを奮い立出せてくださいます、これには出産力後の不安感で鬱になりそうな私の心にはなによりの栄養剤で、本当に助かりました。
 ところがです。
ある日、 お風呂に入れた後、赤ちゃんをMさんに見ていてもらって私は風呂掃除にと大急ぎで風呂場に入っていきました。
ところがです。
先ほど使った赤ちゃん石鹸がないのです。
手探りで探してもどこにもないので、おかしいなーと思いました。
ところがベルナの傍に行くとその石鹸のにおいがするのです。
「あらー、お口の周りがあわだらけだわ」とMさんも言います。
私と赤ちゃんがお風呂場から出た後、入れ違いにベルナが入って行って、石鹸箱からだしたままになっていたその赤ちゃん石鹸を食べてしまったのです。
もちろんせっけんなんて食べたベルナはその夜下痢で大変でした。
「おバカだよ、石鹸なんて食べるからよ」とお母さんの私に叱られて、ベルナはお腹が痛いし、ますますしょんぼりになってしまいました。
そんなベルナの様子を見て、私は考えました。
ああ、ベルナはさみしかったんだよね。
だから、自分もあかちゃんになりたくなっちゃったんだよね、とです。
その寂しさをなんとか幸せで満たしてやるにはどうしたらよいだろうかと、考えました。
そこでまず思いついたのは、ベルナとだけで過ごす時間を持つことだと思いついたのです。
たとえば、まだ夫が自分の治療室に出かける前に、ベルナと散歩に出かける、家の周りをゆっくりと歩いて、バス通りもなるべくゆっくりと歩いて、ベルナに話しかけるのです。
「ベルナはあかちゃんのお姉さんになったんだよ。
おかあさんにとっても、お父さんにとっても、ベルナは頼りになるお姉さんなんだよ、あかちゃんと仲良しになってね」と言い聞かせるのです。
わが家の玄関ドアを開く時、足を拭きながら、「さあ、ここからはお母さんとベルナお姉さんとの赤ちゃん育ての時間だよ、力を貸してねと、頭を撫でてやるのです。
ベルナはよーく言い聞かせれば、とてもがまんのできる子でした。

ページの先頭へ
前のページに戻る