『しっぽのある娘たちとともに 5』

 私は10代の頃からコーヒーが大好きです、それもインスタントではなくて豆をゴリゴリひいて、サイホンでの本格的コーヒーがです。
未だ目が見えていた頃、貧しい日々の中で、毎月の給料日とその間の日ころと、月2回、新宿伊勢丹別館の『珈琲舎バン》のまっ黄色の地に黒いトンガ帽のデザイン、この袋を大事に抱えて家路についたものでした。
ここで買う《ブルマン・NO1》は、お店のマスターが言うには、日本でただひとつ、このコーヒーが本物のブルーマンテンですから」と言う説明を信じ切っていたわけでもなかったのですが、しかし木造の小さなアパートのサイホンで入れるわが家のコーヒーは香しい香りと共にとても美味な1杯のコーヒーでした。
 目が見えなくなった事で、すっかり忘れていたあの大好きだったコーヒーを飲みに行ってみよう、それもベルナと一緒に喫茶店にと、ある日思い立ちました。
駅からわが家までの10分程の間に、確実に喫茶店だわとわかるお店がありました。歩道を歩いているととてもコーヒーの良い香りが漂ってくる場所だったからです。
その近くで、ベルナに「ドア」とそれを支持すれば、ベルナは店のドアノブを探し当てる事ができるはずです。
それでまずお店のドアを開けました。
「いらっしゃーい」という声がしました、そーっと顔をのぞかせて私は言います。
「盲導犬と一緒なのですが、いいですか?」と。
答えは・・・・、ドタドタという足音と共にありました。
「だめだめ、うちは犬はだめだから」とです。
「盲導犬なのですが。」という私の声など耳に入らないほどの勢いで、マスターはドアの前に立ちふさがります。
「だめだったねー」とベルナに言いながら私たちはわが家にもどりました。
あきらめきれなかった私は、数日後に又そのお店のドアをベルナと共に開きました。マスターが又ドタドタという足音と共に出てきて、「この前も言ったでしょう、うちは犬はだめなんだってさ。」と。
しかしその時は前の時とは違いました。
お店の奥から声がかかって、男の人が、「マスター、せっかく来ているんだから入れてあげなさいよ」と言ってくれました。
「あの犬は盲導犬って言ってね、俺も最近知ったんだけどね、目の見えない人と暮らして、すごーくおりこうさんらしいよ。」
マスターはしぶしぶという雰囲気で、私たちをお客さんとして入れてくれました。
私はその日、隅っこの小さなテーブルに座って1杯のコーヒーを飲む事ができました。
とてもおいしいコーヒー、そしてすてきな音楽が流れている喫茶店でした。
足元のベルナが私の顔を見上げて言っています。
「お母さん、よかったねー」とです。
この私たちの様子を観ていたマスターが、お金を支払って外へ出て行こうとする私に小さな声で言いました。
「ごみんよ、今度からはいつでも来ていいんだよ。
しらなくって・・・・、悪かったね。」
やったーという気持ちでした。
たったひとつだけれど、盲導犬ベルナの事がわかってくれて、受け入れてくれた場所ができたのです。
意気揚々とした気分で夕食の時に、「ねー、今度のお休みの時に、あのお店にコーヒー飲みに行ってみようよ。」と、夫にうれしさ溢れる思いで話をしました。
 《虹たつと 言うを背中に聞きながら
盲導犬と 空仰ぎ見る》
 1982年9月、わが家に男の子が生まれました。
私はお母さん、夫はお父さん、そしてベルナはお姉さんになったのです。
 赤ちゃんは一日よく泣きます、そのおぎゃあおぎゃあと泣く声を不思議そうにベルナは観ています。
「あのね、あかちゃんはベルナの弟、ベルナはねお姉さんになったんだよ。」と言う私に、ベルナはうれしそうな、寂しそうな顔をします。
そのベルナの寂しそうな様子は少し気になったものの、お母さんになった私はとても張り切っていて、その寂しさを心に留める余裕がなさ過ぎました。

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