南フランス・フロバンスへの旅 NO.8 第2日目(8月7日)

 国内線マルセイヌ空港までのフライトはたった1時間25分ほどですが、機内持ち込み荷物検査を受けて、私とフローラは機内持ち込み危険物探知トンネルをくぐりますと、いつものように危険信号が「ピー、ピー、ピー」と鳴りました。
そしていつものようにボディチェックを受けることになったのですが、どうもいつもとは様子がやや違うのです。
日本の国内線はもちろんのこと、海外でも、いつもは私と盲導犬とは一緒にボディチェックを、その上に女性係りの手探りチェックも私だけは受けます。
しかしどうしたのかシャルル・ド・ゴール空港国内線では、私は私、フローラはフローラと、別の係りがそれぞれにチェックをすると言うのです。
2メートルと離れた場所でもなかったので、ハーネスを外して、フローラのリードをその検査官に手渡しました。
するとです・・・・・。
その検査官のお兄ちゃんは無類の犬好きだったのでしょうか、まるでフローラをおもちゃの犬かのように撫でまくって「かわいらしい!、かわいらしい!」の連発です。
そしてフローラはというと・・・・、こちらもまるで盲導犬のプライドを無くしたかのように喜びまくっていて、しっぽなどは狂ったかのように振り回しています。
その様子を眺めていると、私はだんだん不愉快になってきました。
怒りが頭の中をグルグルと沸騰してき始めたのです。
「あれじゃあまるで職権乱用だわ!、セクハラだわ!」
とても憤慨しているということが如実にわかるような声で言いました。
でもマリアさまのようなうっちゃんは実に寛容な気持ちで、「だいじょうぶよ、フーちゃんだってけっこうよろこんでいるもの、フーちゃんにとってここはストレス解消になっているかもよ」と言うのです。
私はいらだつ気持ちを抑えることができずに、「フローラカム!」と手にもったハーネスを激しく振りながら、短く、鋭く、フローラに声をかけました。
するとやっとフローラは、「そうだったわ!わたしって日本の盲導犬だったんだわ!」と気づいたのでしょうか、いけないいけないとばかりにしっぽをたらして私の方へやってきました。
そのリードをしっかり握って、「だめよ、プライドってものを忘れるようでは、そんなことじゃあフーちゃんは、盲導犬とは言えないただの犬さんになっちゃうんだよ、わかるね」
ハーネスを装着してやると、「はい、ふかくはんせいです」とばかりにフローラは舌を向いてしおらしく反省のポーズでした。
 私たちを乗せたフランス国内機マルセイユ行きは13時00分予定通りの時間、シャルル・ド・ゴール空港を飛び立ちました。
こちらはカナダで以前乗った国内機のようにプロペラタイプではなかったので床下のエンジン音もそれほどひどくはなくて、フローラは比較的おとなしく私の足元にダウンしています。
「雲の上からこうしてすかして下を見ると、フランスは農業国なんだなーと思うほど田園風景が広がっていて、実にのどかなロケーションだわ」
私の隣に腰をかけたミセスKが、機内で配られたドリンクのコーヒーを飲みながらおしえてくれました。

その時私の頭にはひとつの光景が浮かんできました。
無限大に広がる田園、時々農業機械を動かしている農夫が遠くで見えて、ちかくでは農作物を収穫している大きなつばの帽子をかむったおばさんが、収穫筒を籠に詰め込み作業をしている姿です。
そのおばさんの姿をよーくよーく目を凝らして見つめると、なんとなんと、それはまぎれもなくこの私なのです。
夢と現実裏表の世界だわねーと深いため息をもらしながら私も手に持った紙コップのややなまぬるくなっているコーヒーを飲みました。
そして予定通り1時間25分のフライトで、私たちを乗せた機はマルセイユ空港に舞い降りました。

 このマルセーユという都市はフランス国内第2位の人口を誇り、そして交通の分岐点、フランス国内交通の要所だということです。
 かなり前、といってもまだ私が中学生だったころのことでした。
父が職場から持って帰ってくる、廃棄処分の雑誌、当時交通公社発行の「旅」は私の愛読書の1冊でした。
旅への憧れの気持ちがあふれるようにあった当時の私は、その雑誌をむさぼるように読みました、そして実にオトメチックな夢を膨らませていたのでした。
その中で私の眼を捉えたフランス、マルセイユの港での一場面の描写がありました。
船着き場の片隅で今網からあがった小魚をフライに挙げて、ソースをかけたものを新聞紙に包んで、それをほんの小銭で売っているおばあさんの姿が軽妙なタッチで、短い文章で掲載されていたのです。
もちろん写真もありました、当時は白黒写真ですから色模様は判然としませんが、そのおばあさんは、髪の毛をネッカチーフなんかで飾って、なかなかそれなりにすてきでした。
そして、とてもエキゾチックでフランス映画の一場面のように私の憧れいっぱいの心に広がっていきました。
こうばしいあげ油のにおい、きつね色にこんがりとあがった小魚のフライのおいしいにおい、新聞紙の袋をガサゴソさせて指先でつまみ出して、それを口に入れた瞬間口中にひろがったおいしさ、「うーん、たまらないわねー!」とつぶやきます。
そして思いました、「マルセイユかー! いつかマルセイユに行ってみたいなー!」とです。
しかしそのマルセイユとこの眼の前にあるマルセイユ、まったく違った雰囲気なのです。
あの新聞紙をガサゴソガサゴソさせながら指でつまみ出す小魚のフライはどこに行ってしまったんだろうか・・・・・。
それほど眼の前の『マルセイユ』は都会型フランスの地方都市だったのです。
そして到着ロビーで私たち一行を迎えてくださった青年、それが林元吾さんでした。
彼はフランスに在住してガイド業をしている青年でした。
うっちゃんが私の耳元に小さくささやきます、「ねえねえななえさん、林さんって幹太さんにどこかすごーく似ている雰囲気だわ!」とです。
まさかー!とつい私は母親目で観察です。
彼はとても物静かな青年でした、それに余計な愛嬌もなさそうだし、お愛想も言いません、そこがわが息子幹太に似ていると言えばそうかなーと思うところです。
そのミスターハヤシはフローラを見てもただ一瞥しただけ、一言の「かわいらしいワンちゃんですね!」などと余計なお愛想も言いません。
しかし「みなさんへのウェルカム・プレゼントです」と手渡した水のペットボトル、人間用は4本同じですが、フローラ用のものは、格段に大きなボトルなのです。
その心憎い配慮のあるミスターハヤシの運転する車に乗って私たちは一路プロバンスへの道を走って行きます。

今回の旅であちらこちらの記憶が虫食いに遭ったようにところどころ抜け落ちているのですが、それはミセスKが説明してくれるところでは、「その辺りは丁度、ななえさんが熟睡していて、夢の中だったってことよ」なんだそうです。
このプロバンスまでの車内の様子がまったく記憶から抜け落ちているのは、爆睡状態に陥ってしまっていたからだったのでしょう。
そして次に記憶が蘇ってきたのは、私たちが宿泊するというアパートメントハウスというオートロックマンションの建物の前に車が止まってからでしたが、頭がまだぼんやり傾向だったので黙って目をつむったままで居ました。
うっちゃんとミセスKが車から出て、建物のキーボックスから部屋の鍵を取り出しました、さあここからが難問です。
ヨーロッパのマンションの鍵はそのドアを開くために微妙なテクニックを必要としているようなのです、昨年のプラハでも部屋の鍵がうまく回転しないで、いつまでも部屋のドアが開けられずにミセスKがあたふた右往左往していましたから。
そんな経験からまず車の中に荷物を残したままで、滞在する部屋のドアを開けるためにうっちゃんとミセスKとがエレベーターで上がって行きました。
道路の関係でこの建物の前にあまり長くは駐車できないというので、ミスターハヤシとティーチャー・エミコ、そして私とフローラが車に残りました。
その間の短い時間の中で、ミスター・ハヤシとテーチャー・エミコとで世間話が始まって、私はそのまま黙って目をつむっていました。
その時です、ティーチャー・エミコが特殊技術を発揮したので私は驚いて、思わずまぶたシバシバさせてしまいました。
それは何気ない話の中からミスターハヤシが今は独身だと聞きだしたところです。「まあこの短い時間の中で・・・・、美人ティーチャーはなんて聞き出し上手なんでしょ!」
私が日常的に読む愛読書の数々、探偵もの、サスペンスもの、ハードボイルものなどの、胸ドキドキの読み物の数々、その中で美人探偵が、美人刑事が、あるいは美人スパイが、大活躍するストーリィを思い出しました。
ついつい「ふむふむ」と聞き耳をたてていると、私の膝の上にフローラのあごが乗せられました。
「お母さんいけないんだー!」
私の狸眠りをしながら聞き耳をたてている、それをフローラは「この卑怯者が!」と責めているのです。

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